短編

ガラガラガラ。

無機質な音が静寂を詰め込んだみたいな教室に反響した。朝、誰もいない普段の喧騒が嘘みたいな教室。
「良かった、今日も1番乗り。」
私は静寂を温めるような気持ちで消え入りそうな熱量で呟いた。

ここにはまもなく熱が凝縮される。
嫌だなあ。彼女の話、彼氏の話、嫌いな人の話、テストの数字、退屈な授業の話、対話対話対話…ああ考えるだけでうんざりする。虚空を眺めながら祈るような気持ちでほんの束の間考えるとなんと1人の神様が登校してきた。
神様は本当に“神様”だった。毎日視界に入れようともしないけどぼんやり覚えている他のどのクラスメイトでもない、だけど、きっといつか巡り会うべきだったとそう五感に呼びかける。

本当の神様だった。

神様は私を教室の入口で見据え、ノイズまみれのその姿で「何してるの?」と言葉を発した。

ワンテンポ遅れて、私は反応した。まさか神様の方から私なんかに話しかけられるなんて思ってもみなかったからだ。

「な、に…って…………何もしてないよ、座って、る…だけ。」

何とか絞り出した言葉だった。発してから瞬時に後悔したほどつまらない答えだった。せっかく神様が話しかけてくれたのに、情けない。きっともう神様は私に話しかけてはくれないと私は落ち込んだ。頭の中ではたくさんお話できるのにそれをアウトプットすることができないのだ。神様に申し訳ないなと思い、私はすぐいつものくせで目を伏し、自分の机でも教室の床でもどこでもない一点を見つめた。

神様と私の間にたくさんの空白が散らばる。きっとほんの数分だったけど絶望的に長いと感じた程の空白。


しかし神様は神様なのでこの空白を履き捨てるように言葉を紡いでくれた。

「君は、きっとそこでずっとそうしてるんだね。いつも一点を見つめて一言も言葉を発さず、ただの置物みたいに。残念だけども君がそう遠くないうちにとても明るく…なって、君の方から人を求めたとしても君はそこにいるんだよ。君はそこでずっとずっと独りぼっちで考えてるんだ。例え君が誰よりも優しくて強い人になったとしてもその事実はもう変わらないんだ。

君はずっとそこで独りぼっちで考え続ける。

刹那的なことを。」


私は最後まで聞き終わると同時にハッとして神様を見つめた。そしてほぼ同時に涙が溢れてきた。何の涙かもわからなかったけどただ涙を流すしかなかった。神様に私を見据えられた辛さか悲しさか怒りか逆のずっとずっと続いていく刹那的な孤独を介抱された嬉しさかもわからなかったけども。

「で、も…でも……私、は……あの、」

神様は私が言葉を紡ぎきれないうちにまた言葉を発した。

「君。自分がそこに“置かれた”なんて考えちゃいけないよ。君は本当は望んでそこにいるんだから。君は刹那を愛して渇望してそこにずっといることを選んだんだから。君は君を愛してるんだよ、他の誰でもない今の誰から見てもみすぼらしい君をだよ。それと君は意外と大丈夫だ。神様にはわかるけど、君は意外と独りぼっちが好きみたいだね。独りぼっち…というか、独りぼっちから抜け出すために何かを渇望する“過程”を愛してるんだから。

君は意外と大丈夫。」



呆然と涙を流しながら神様を見つめていると、神様は「それじゃ」とつまらない挨拶を残しテレビ砂嵐のようなノイズに巻き込まれて消えていった。
神様がいなくなったあとの何もない廊下の空間を見つめていると間もなく1人のクラスメイトが登校してきた。神様がいなくなってしばらくしてもまだ涙を流してる私と目が合いクラスメイトはギョッとしてまた慌てて私から目を伏せて自分の机にカバンを置くと「こんな場所にいてられるか。」と言わんばかりに隣のクラスの多分、友達の元へいそいそと移動していった。

それからようやく私も私の役割を思い出しまた目を伏せ机でも床でもない一点を見つめた。

見つめる。見つめる。見つめる。例えここから抜け出せても見つめる。見つめる見つめる。例え私が誰かに渇望されても渇望しても私はずっとここにいて見つめる。見つめる。見つめる。

どこでもないその一点をずっとずっと。

きっと、多分、私もみんなも熱を失っても。私はここにいて見つめ続ける。
私は多分、きっともうここで死んでしまっていたから。